)コミュニティセンター

「マンション管理代行業務」のパイオニアかつ専門会社の株式会社コミュニティセンターは、シニアが望む、シニアに望ましい働き方について追求しています。より多くのシニア層のかたがたの社会参加の機会の拡充、シニア層に適した「ワーク・ライフ・バランス」の実現のために、同ニュースレター「コミュニティセンター便り」をお届けします。

第23号 2017年4月1日発行

Qコミュニティセンターで12年の歩みをご紹介ください

東京生まれで、都内の商業高校卒業後、都内の信用金庫に入庫し、そこで約 40年勤めました。大阪万博、札幌オリンピック、沖縄海洋博、皇太子殿下ご成婚……、日本の高度経済成長時代の真っただ中を生きてきました。金融機関ですから、記念硬貨の販売や新札の扱いで忙しかった。成長と変化の激しかった時代が懐かしく思い出されます。信金退職後は証券グループ会社に勤務し、2005年 12月に退職しました。退職後、数カ月間家で過ごしていましたが、妻の勧めもあって目黒区の高齢者人材シルバーセンターに出向いたところ、コミュニティセンターを紹介されまして、マンション管理代行員として勤めるようになりました。最初の数カ月、成城学園(東京都世田谷区)の高級マンションの管理代行を担当していましたが、その後、現在担当しているマンションで管理業務を行うようになって今日に至っています。 

Q12年の歩みの中で印象に残っている出来事をご紹介ください

現在のマンションで仕事をするようになる時、管理会社との面談の際に心構えを菅利惠社長から話してもらいました。場所は六本木のアマンドでしたが、その時の菅社長の言葉を今でもはっきりと覚えています。
「(代行業務を担当する)私たちへの期待は今後ますます大きくなります。年齢などは関係なく、やる気の問題です。真剣にいい仕事をすれば、さらに次の仕事につながるので頑張ってください」と。コーヒーをごちそうになりながら頂いたこの言葉がずっと私の記憶に残っています。当時はまだコミュニティセンターの規模は今よりは小さかったですし、菅社長自ら最前線で東奔西走していた時期です。 それからもう一つ。以前、このマンションは新人研修(OJT)の場になっていました。私の前にこのマンションの管理代行を担当していた先輩代行員のかたと私で70~ 80人の代行員の研修を行いました。モップのかけ方とか、窓ガラスの拭き方など、新人の代行員に指動しました。先輩代行員とともに私も社長に信頼していただき、5、6年、研修を担当させてもらったことが振り返って思い出されます。 

Q現在のマンション管理業務をしながら感じておられることは?

管理組合と管理会社との良好な関係を保つことに一役買っていると自負しています。月1回の管理組合の理事会にも出席しながら、マンションの資産運用やメンテナンス管理、環境改善にも貢献するよう努めています。また、地域との連携も大事なことです。町会との関係を大切にし、特に防災、消防訓練など、積極的に行っています。具体的な避難場所の情報もしっかりと共有することができ、居住者の皆さんにも安心していただいています。 

Q座右の銘は?

好きな言葉は、菅社長から言われた「感謝される、喜ばれるおじさんパワー」「やる気のある中高年集まって来い」「70歳は活発中堅社員」ですね。それから「小さな注意、無事故につながる」という言葉も大切にしています。これはある日、マンションの小さな女の子が「おじちゃん、ちっちゃな石あったよ」と言うんです。私が掃除するおじさんであることを知っていますからね。こんな小さな石でも車のタイヤが踏んで弾き飛ばされたら危険なこともあると思いましたね。それから、掃除の基本として意識するようになりました。そのことを幼い子供から教わったんですね。いい勉強になりました。 
Q12年の経験を振り返って大切だと思うことは?引き継ぎが大事だと思います。現場での信頼と実績の積み重ねがバトンタッチされていく、それがコミュニティセンターへの信頼、実績となり、次の発展につながると思います。人間と人間のつながりですね。リレーと同じです。次の人にバトンをつないでいく、無事故、無違反、安心というバトンをつないでいくんです。これが基本の姿勢です。 

Q長く続ける秘訣は?

早寝早起きですね。5時に起床しまして、6時半には家を出ます。朝起きて、軽く体操をして、天気のいい時は、12、3分ほどですが、食事の前に隣近所を掃除するんです。その掃除はマンション管理での事前運動、予行演習みたいなものですね。夜は 10時半には休みます。 唯一の秘訣と言えば、楽しみがないといけないので、日曜日は月に 3、4回、後楽園球場でプロ野球観戦をすることです。ジャイアンツの後援会に入っていますので、上に立って応援することはありませんが、年間予約して家内と一緒に行くのが楽しみの一つです。「巨人、大鵬、卵焼き」の時代、1960年代、70年代、80年代を生きてきましたからね。昔からの巨人ファンです。休みの日には多摩川の練習風景まで見に行くくらい大好きなんですよ。きっかけは信用金庫時代のお得意先の亀屋万年堂。王さんが宣伝に出ていたあの亀屋万年堂です。そこの娘さんと当時の巨人の国松という外野選手が結婚したんですね。その結婚式にも呼ばれ て、その辺からジャイアンツが好きになっていくんですね。仕事の人付き合いがきかっけでジャイアンツファンになりました。それが一番の趣味ですね。 それから、帰宅したらお風呂にゆっくり入って日本酒を一杯やります。このマンションの近くに日本酒の専門店がありますので、そこで全国の有名なお酒を一合瓶で買って楽しみます。 人生山あり谷あり。いろいろありましたが、過去は過去とし、一日一日を全力投球で悔いなく生きています。一日一日の繰り返しの中であっという間に 12年が過ぎましたが、満足しています。コミュニティセンターが従業員 80~ 90人の時代から菅社長たちとともに歩んできました。 うれしかったのは、年に一度の「感謝の集い」でのことです。僕は当然、社長のことは知っているけれども、社長は僕の名前を知っているとは思わなかったんですね。代行員もたくさんいるわけですから。ところが、パッと僕を見て「舘林さん、ご苦労さんね」と言ってくれたんです。その時はうれしかったですね。 

Q今後の抱負は?

今72歳で今度73歳になります。一つの節に実績を付け、健康を維持して、やはり80歳までは目指していきたいなと思っています。僕は60歳で代行員を始めましたが、65歳の先輩を見た時、「元気だなあ、僕もあんなふうに 65歳まで働けたらいいなあ」と思っていたのですが、今や 72歳になってしまいました。同期、同世代のメンバーを見ながら、70代は働きどころ、中堅社員という気持ちがあります。80代はそろそろ指導員という感じでしょうか。これからも頑張ります。
 


応募内容はこちらへ応募内容はこちらへ

 

 

copyright © Community Center co,.ltd All right Reserved.